小柴昌俊先生の3つの言葉

折戸周治先生が、小柴先生の東大理学部の教授ポストを継がれた丁度その頃、修士学生で入ってきたのが私だった。東大在職時の小柴先生から直接ご指導頂いた最後の学生といえる。小柴先生を偲んで、先生から頂いた3つの言葉を記したい。

“高エネルギーニュートリノで角度精度の良い天文学を”

小柴先生は熱心に折戸先生や修士1年の私にそう言われた。大面積の水チェレンコフ検出器で高いエネルギーの上向きミューオンを検出し、その到来方向から精度よくニュートリノ発生天体を見つけ出そうと、ご提案された。私はこの提案の具体化に携わった。上からくるガンマ線も、厳しいバックグラウンドである陽子空気シャワーに含まれるミューオンの数で峻別して除去できることを示し、高エネルギーのニュートリノとガンマ線の複合検出器として「ニュートリノ&ガンマ線水チェレンコフ検出器 LENAの提案」を修士論文にした。陽子はクオーク複合粒子だが、ニュートリノもガンマ線も真の素粒子である。さらに電荷も持たず、厄介な宇宙空間の磁場に影響を受けず精度の高い天文学が可能である。「素粒子天文学」が次世代の宇宙を解く鍵である。

“100倍性能向上ない実験はやらない”

小柴先生は、従来の方式を踏襲して単に大きくするような実験をしたくないと仰っていた。100倍の性能向上をもたらすアイデアは大変だが、創意独創のイノベーションによる新しい挑戦が大事ということである。「技術革新による創生」が、実験物理学者に求められる挑戦である。小柴先生から頂いた物理学者としての生き方の教訓である。

“タウは見えないのか?” 

私は、「ニュートリノ&ガンマ線水チェレンコフ検出器 LENAの提案」のため、検出器をシミュレートしたり、基礎的な実験を繰り返していた。その中で、小柴先生は、しきりに、タウを見たいと仰った。具体的には、ニュートリノ振動の証拠として、タウアピアランス実験をやりたいということである。一方で、小柴先生は、創生的実験は、コストパフォーマンスにも優れて安くなければならないという信念もおありだったので、素粒子天文の創生に必要ぎりぎりの5mグリッドでセンサーである光電子増倍管を大面積に配置しようとしていた。加速器実験で嫌というほど分かるのだが、粒子識別にはセンサーの密度が肝である。残念ながら、この5mグリッドの粗さとタウレプトン識別とは相容れなかった。その後、ずっとタウを探針とした宇宙探索が大きな宿題となった。後に、それは「地球かすりタウ」を撮像検出するAshra NTA (ニュートリノ望遠鏡) 検出器として開発されることとなった。新たなメッセンジャー素粒子による新たな天文学。タウニュートリノが地球と衝突してレプトン変換され生成されるタウによる宇宙探査は、現在、最も注目すべき天文物理学と言えるようになった。宇宙の高エネルギー現象への探針として先行して活躍してきているガンマ線と共に複合観測することで、より豊かで確実な、タウによる天文学の創生がもたらされるであろう。タウとガンマ線との複合的な探針による天文学。小柴先生に頂いた未来の天文物理への大切な方向性と言える。